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音楽もストーリーも
大人も子供も楽しめる「アリス」
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モーツァルト劇場(総監督・高橋英郎)が20周年を記念し創作オペラに挑む。台本/高橋英郎・木下牧子、作曲/木下牧子、オペラ「不思議の国のアリス」である。「アリス」は、すでに普遍的な広がりを持ち世界で楽しまれている。とはいえ、原作は子供向けながら、必ずしも分かりやすいとはいえない。それをオペラ化。どんなオペラになるのか、スタジオ・モーツァルトにうかがった。 ※『音楽現代』11月号からの転載文。聞き手は宮沢昭男氏。 少女の目で見るワンダーランド ―ついに創作オペラですね。 高橋英郎 今年やっと特定の稽古場が借りられましてね、三鷹に。そこに小道具が置けます。これまではいちいちトラックで運ぶ流浪の民(笑い)でしたから。 ―先生は日本語上演に力を注がれていますね。 高橋 ハートに直接訴える言葉は、字幕よりも(語りの)日本語、母国語です。これはモットーです。字幕だと反応が何秒かズレますからね。 訳詞上演は、舞台と客席で直接、笑いや悲しみを交わせます。言葉に音楽ほど価値を認めない時代がありました。旋律だけが鳴っていればいいみたいな。でも20年間私たちは、翻訳劇が日本語のオペラを作り出す源になるという発想でやってきました。 木下牧子 オペラには言葉があり内容がある。でも、一般の器楽の場合、現代音楽では難しくなり過ぎた。だから今こそ日本のオペラは聴衆を獲得できるんじゃないでしょうか。 若い人たちの間で、ハーモニー感覚の育った方、ハモれる層がここ2、30年で画期的に増えました。難しくてありがたがり、鑑賞して勉強するんじゃなく、もっと自分のものとして楽しむ時代が初めて来たのです。 そんなときに高橋先生がご依頼下さいました。難解なものとかではなく、洗練された日本のクラシック、いわば現代のクラシックとして楽しめるものを目指しています。 権威を遊ぶ面白さ ―新作のポイントをお話ください。 高橋 皆さんが分かっているものを題材に選びたかった。でもルイス・キャロルのこの物語はすごく難しい。子供のために書いたのかというと必ずしもそうではない。お話では実在のアリスがいて、ルイスとその少女姉妹へのお話ですが、読んでもらう層としてはけっこう大人、しかも相当に洞察力をもったひとでないと分からない。むしろ難解に提示することしか当時の社会では出来なかったのかなと思われます。 ディズニーの映画で知っているとか、子供のころ絵本で読んだという方は少なくないのですが、訳本でも難しく、途中でギブ・アップしたという方も結構いる。分かりにくく表現している。 今の社会も複雑怪奇で一向に解決の糸口がつかめない。大人の社会も行き着くところまで行っている。それをアリスという少女の目で見る、ワンダーランドを歩いて発見をする。そんな新鮮な響き、サンバティック(友情的)な人もいれば、強圧的な人もいる。その大人の社会を歩いて感じるナンセンス、動物たちも出て来ますが、何かを表徴している。そういうワンダーランドをそのまま出せば今の大人の社会、ま、日本を含め世界中のいびつな、どうしようもない社会を少し開かせることができるかなという気持ちです。 木下さんは以前、ピアノ曲で「アリス」を書いておられる。楽しい展開で子供も楽しめます。 木下 いえ、あれはすごく難しいんですよ。ただ、あのときは言葉がないからイメージをつかめば楽でした。可愛いけど超絶技巧のピアノ曲。高橋先生から「これ、すでにオペラですね」っていわれてびっくりしました。 「アリス」はオペラにするには一番難しい。でも面白い視点で誰もが楽しめます。私が元々やりたかったのは原作のダークな感じと、アリスが成長してゆくように見えて、実はドアを開けたら成長ではなかったというパラドックスでした。 あれは成長物語ではない。成長しなきゃと思い順応させた先の世界は悪夢だったという、ものすごく恐怖な小説です。ルイス・キャロルの考える現実は皆が順応していたいと思っているけど、そこには女王様が首を切る世界かも知れませんよ、っていう矛盾と皮肉、権力批判があります。権威にものすごく批判的です。イギリスの有名な詩、権威的な詩をパロディー化する、権威を遊ぶ面白さ。そういう文学的な素養の遊び。だからあれは童話ではない。 高橋 グロテスクです。そして数学者としてのロジックの世界がある。でもそれがことごとに現実とは違ってゆく。そこで彼は夢を描き、パロディをしたり、反抗心を抱く。 権威を遊ぶ面白さ ―新作のポイントをお話ください。 高橋 皆さんが分かっているものを題材に選びたかった。でもルイス・キャロルのこの物語はすごく難しい。子供のために書いたのかというと必ずしもそうではない。お話では実在のアリスがいて、ルイスとその少女姉妹へのお話ですが、読んでもらう層としてはけっこう大人、しかも相当に洞察力をもったひとでないと分からない。むしろ難解に提示することしか当時の社会では出来なかったのかなと思われます。 ディズニーの映画で知っているとか、子供のころ絵本で読んだという方は少なくないのですが、訳本でも難しく、途中でギブ・アップしたという方も結構いる。分かりにくく表現している。 今の社会も複雑怪奇で一向に解決の糸口がつかめない。大人の社会も行き着くところまで行っている。それをアリスという少女の目で見る、ワンダーランドを歩いて発見をする。そんな新鮮な響き、サンバティック(友情的)な人もいれば、強圧的な人もいる。その大人の社会を歩いて感じるナンセンス、動物たちも出て来ますが、何かを表徴している。そういうワンダーランドをそのまま出せば今の大人の社会、ま、日本を含め世界中のいびつな、どうしようもない社会を少し開かせることができるかなという気持ちです。 木下さんは以前、ピアノ曲で「アリス」を書いておられる。楽しい展開で子供も楽しめます。 木下 いえ、あれはすごく難しいんですよ。ただ、あのときは言葉がないからイメージをつかめば楽でした。可愛いけど超絶技巧のピアノ曲。高橋先生から「これ、すでにオペラですね」っていわれてびっくりしました。 「アリス」はオペラにするには一番難しい。でも面白い視点で誰もが楽しめます。私が元々やりたかったのは原作のダークな感じと、アリスが成長してゆくように見えて、実はドアを開けたら成長ではなかったというパラドックスでした。 あれは成長物語ではない。成長しなきゃと思い順応させた先の世界は悪夢だったという、ものすごく恐怖な小説です。ルイス・キャロルの考える現実は皆が順応していたいと思っているけど、そこには女王様が首を切る世界かも知れませんよ、っていう矛盾と皮肉、権力批判があります。権威にものすごく批判的です。イギリスの有名な詩、権威的な詩をパロディー化する、権威を遊ぶ面白さ。そういう文学的な素養の遊び。だからあれは童話ではない。 高橋 グロテスクです。そして数学者としてのロジックの世界がある。でもそれがことごとに現実とは違ってゆく。そこで彼は夢を描き、パロディをしたり、反抗心を抱く。 イギリスは階級社会です。第1幕の終わりに侯爵夫人が怒ると「首チョン」って、実は女王様と同じ事を言ってるんです。女王様はもっと偉くて第2幕で誰にでもすぐ「首チョン」って言うんですが、皆は馬鹿にしてるんです。できやしない、ただ自分のためだけに言ってるんだと。それをアリスは「え、バッカじゃないの、それ」って反応する鋭いパンチがある。 キャロル自身も、アリスにものすごく愛情を込めて接してんだけど、一方では例えばロリコンだったりね。写真撮って、今だったら危うく捕まりそうな矛盾したことをやってる。 笑いの精神に置き換えた「アリス」 ―でも、イギリス文化の特徴が私たちには伝わりにくい面はありませんか。階級社会の中で、一方の私たちに共通の人間的な論理が見えてくれば分かり好いのですが。 高橋 ええ、伝わりにくいです。 木下 でも、階級社会を批判したというのは具体的に見なくてもいい。 高橋 隠してます。 ―見えてしまってはつまんないし、あの本自体、それは見えない。 木下 謎が謎を呼べば好い。ただ私が好きなのはイギリス的なダークな世界ですが、モーツァルト劇場の遊びの精神で高橋先生が料理なさるもの、つまり高橋先生の笑いの精神に置き換えたルイス・キャロルが楽しめるかなと、途中から思いました。 ―10年程前、子供が小学校に入ったころ、池袋でチェコからきた「アリス」があり連れて行きました。大人の自分でも分かりにくいものでしたが、昨日覚えていたのでちょっとホッとしました。 高橋 舞台で身体が大きくなったり小さくなったりするのは今回外しましたが、それ以外は最後まで明快に分かるようオペラ化しています。われわれなりに原作を解読しています。 チェシャ猫なんて好きです。アリスの可愛がってた猫です。猫としか対話ができなかったようです。ニヤニヤ笑って、「チェシャ猫のように笑う」という英語の形容は今も残っている。これは大事な登場人物です。 自分の意志で選択する女 ―台本作りはいかがでしたか? 高橋 以前から構想は練っていましたが、去年「ペレアス」(7月)が終わって直ぐ取りかかり、暮まで素案作りに追われました。今年に入ってから作曲家の立場から台本を検討してもらい演出家にも意見をもらいました。 木下 私は発想を転換しました。原作の持ち味をそのまま出すのではなく、エンターテイメントとして楽しめるものにしました。 アリスは子供ではあるけど女の子ですよね。話は飛躍しますが、オペラに女性の魅力的な主役は1人もいないって言われたことがあります。男の方から見たら魅力があるかもしれないけど、耐える女とか、ファム・ファタル系(破滅させる妖婦)が多い。でも、自分の意志で選択する女は意外に少ない。 それから、イギリスの教養や風刺を超えたファンタジーがある。でなければ英国以外にこんなに広がるわけがない。言葉を超えて日本人、キューバ人、中国人、皆がアリスを楽しむ理由はそこにある。それとともに、女の子が闘っていく、冒険ですからね。そこが面白い。誰かに助けられ、王子様が来てくれましたというんではない。もちろんキャロルの愛情に満ちた目に守られているんだけど、かなり追い詰められても、バカみたいだのなんだの、子供ならではだけど、肝のすわった発言をする。 アリスという生き生きしたキャラクターがいるからこそ、ある種の悪夢めぐりがユーモアに転ずるのです。それを魅力的に書けるかなという思いもありました。 今のアリスだったら ―カルメンも自分の意志で選択する女ではないですか。 木下 マノン・レスコーやカルメンは、どちらかというと頭で考えるタイプじゃなく、フェロモンの出る女です。女性から見ても憧れるけど、意志とは違います。ルルもそうです。自分が破滅に向って進んでゆくんだけど、本能的な、好きだの嫌いだの、そういうもので進んでゆく人は昔からたくさんいたと思います。それでもカルメンは、書かれ方が非常に魅力的ですけれどね。 高橋 日本のルイス・キャロル学会から石を投げられるんじゃないかなって、木下さんはしきりに気にしておられますが、僕は現代的な日本の解釈があっても好いんではないかという考えです。 今のアリスだったら、当然発想するであろうものを僕は付け加えました。アリス学会からは逸脱だと言われるかもしれません。でも、展開はほとんど原作にしたがってます。 木下 伯爵夫人のお茶会あたりは高橋先生の独自の解釈になっていて、先生のアリスになっています。でも、先生はもっと独自のものを出したいとおっしゃったけど、私が原作主義者なものでずいぶん話し合いを持ちました。 ―海亀のところは…。 高橋 あれは残念ながら出せませんでした。 木下 私は先生の遊びの精神、ファンタジーな面に音楽の喜びを入れたいと考えました。 声の魅力を聞かせないオペラは魅力がないと思います。メロディーのある現代オペラも当然あっていいと思います。ホールは理想的な800人、オーケストラも無理にお願いして34人。先生の視点は、作曲家が書きたいオペラのポイントをついておられます. 高橋 音楽やオペラは楽しまなければいけない。だけども言葉もわかってほしい。そして歌い手が共感できるものでなくてはならない。今度の木下さ んの音楽は楽しいですよ。ウットリします。合唱曲・木下牧子の世界がふんだんに楽しめます。アリスが可愛い歌を歌うんですよ。<父ちゃん、あんたもいい 歳だ…>帰りに皆さん、鼻歌まじりに覚えて帰られますよ。稽古場で皆さん楽しんで、「あ、これ、いける!」「当たるよ!」口々に言っている。やる気が起きるのです。 日本語はスピードを出しやすい。 ―現代オペラ、創作オペラはつまんないっていうのを打ち破って下さるのですね。 木下 破りたい。ただ楽しむのではなく、キャロルには間合いの笑い、現代的な笑いがある。あと、笑いが盛り上がって1点を超えたとき、狂気に突入するようなシーンが何カ所かあります。狂気と笑いの紙一重です。狂気にはまらないよう楽しさを優先しています。でもほんのちょっとそっちにゆきかねないテンションの高さはありますが。 それから現代オペラというと複雑さ、難解さが新しいとされています。でも私の新しいという感覚はそれではない。この100年はスピード感覚の変化 が大きい。耳の感覚じゃない。八重奏の音が聞こえるようになったとは思わないけど、スピードだけは変わった。昔の淑女は走らなかったけれど、今は運動神 経の鈍い私だって、スキーもすればバイクに乗り80Hで走ります。 なのにオペラは遅い。新しさをあんなにいう現代のオペラの人たちがなぜ。リズムというより、加速してゆく感じが私には遅すぎる。今回、私は切り替えを早くしてみました。日本語はそのスピード感覚が出しやすい。 ―え、日本語が? 木下 日本語は、シラブルがのびるほど意味が分からない。それをつなぐのは無理。だけど、日本語はリズムがないゆえにいくらでも端折れる利点がある。私がよく3連符や16分音符を使うのもそうです。つまり日本語はテンポを速くした方が分かりやすい。日本人歌手は器用で頭の良い方が多いので、音楽ととも にスピード感覚でやっていくのに案外と日本語は適していると今は思います。 高橋 今回は一幕が一時間で、第二幕が…。 木下 35分くらいで、高橋先生の理想通りです。 高橋 人間の生理にあった時間配分があって今回それに合う良いものになっている予感がします。 歌手の他、演出家たちもスタッフも入れ込んでますので、良い公演になると思います。 新たな予感 ―「アリス」は、チラシにも使われている、テニエルの絵が定番ですが、演出は…。 高橋 美術家はこれは困ると言ってます。これから離れるから。衣装も全然変わります。ヴィクトリア王朝時代の衣装ではありません。 ―なるほど、現代の感性を舞台化するわけですからね。 木下 私は原作が好きなので残念です。でも、演出家がそのように変える、スピーディーな舞台転換などもできて期待しています。 日本語で今回のような試みの音楽ができるのも大きなポイントです。 高橋 音楽が楽しめてストーリーもしっかりしたものを待ち望んでいたんですけど、今度それが実現しそうな新たな予感がします。大人も子供も楽しめる作品 だと思います。 ―楽しいオペラに期待が膨らみます。今日はありがとうございました。 |
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木下 牧子 氏 Makiko Kinoshita ◇◇◇
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東京芸術大学作曲科を首席で卒業。同大学院終了。 管弦楽曲「壺天」が、作曲科首席卒業作品として演奏される。 主な作品に、管弦楽曲「消えていくオブジェ」、管弦楽のための「夜の淵」、弦楽オーケストラのための「シンフォニエッタ」、吹奏楽と混声合唱のための「春と修羅」、吹奏楽のための「シンフォニア」、「序奏とアレグロ」、サクスフォン4重奏曲「アンダンテとカプリチォ」、ピアノのための「夢の回路」、7つのプレリュード、ピアノ曲集「不思議の国のアリス」混声合唱組曲「方舟」、無伴奏女声合唱のための「5つのいのり」、歌曲集「六つの浪漫」など多数。 |